美術の紙は『素材』
『3ダースサン、A列とかB列のハナシはもう第1回でとっくに聞きましたよ!』って思われたでしょうが、あれはあくまでも製品として加工された… “仕上がり寸法” のハナシ。
書籍や雑誌やノートとして製本されたものや、チラシやパンフレットやポスターなどの印刷物…。
そういう、“製品としての仕上がり寸法” をJIS規格で決めているのです。
一方、我々画材屋が売っているケント紙や画用紙などの『紙』は、JISの仕上がり寸法であるA列1番やB列1番ではありません。
JISのB1 (728 × 1030) が切り出せるように、B1規格サイズよりも敢えてひとまわり大きく作ってあります。
その大きさを通称で『全判』と呼ぶ場合もありますが、我々はそうは呼びません。
誤発注の原因になりかねないので、我々はなるべく正式名称で呼ぶようにしています。
ですので…ケント紙の通称 “全判” (788 × 1091) を『四六判 (しろくばん) 』、
画用紙の通称 “全判”
(765 × 1085) を『B本判 (びーほんばん) 』と、呼んでいます。
(先生たちは、こんなことをいちいち覚えなくて大丈夫です)
せっかくJISという全国統一の規格で “紙の仕上がり寸法” を決めているのに、ケント紙や画用紙はなぜそれを無視して…ひとまわり大きく作っているのでしょうか?
ケント紙や画用紙は、スケッチブックやイラストボードといった “製品” になる前の “素材” であるわけだから、製品としての仕上り寸法には作られていないのです。
例えばB1のイラストボードを製造する際に、素材であるはずのケント紙や画用紙が…もしB1規格ぴったりの大きさだったとしたら、B1サイズのイラストボードなんて…うまく作れませんよね。
ボード芯に紙を貼る時に少しでもズレちゃったら…商品になりません。
だから…B1規格よりひとまわり大きな素材の紙を用意して、やはりひとまわり大きなボード芯のオモテと裏に…少しズレても気にしないくらいの気持ちで貼り、周りを断ち落としてB1サイズに仕上げる方がはるかに簡単です。
また、学校の美術の授業では…ケント紙や画用紙といった “素材” に手を加えて『作品』を作らせますよね?
その、手を加える…という工程には『絵を描く』『着色する』の他に、『水張りをする』とか『紙をカットする』という作業も有り得ます。
だから、授業で使う紙を最初っからA3とかB3とかに切り揃えちゃってあると、そういう作品制作上の “自由な作業や自由な発想” を制限してしまうことにも…なるわけです。
もう少し具体的なハナシでご説明しましょうか。
あくまでも “素材”
我々画材屋は…プロのデザイナーやイラストレーターのお客様も相手にしております (最近は “そういう方面” からの『紙』の注文はめっきり減りましたが…) 。
彼らはやがて “製品として印刷される物” の、原稿 (原画) を作っているわけです。
たとえ刷り上がる製品と “同寸法の原画” を描くとしても、その原画寸法より大きな紙を使って描くのが当然ですよね?
まわりにある程度の余白を取って…。
それに、原画からそのまま『版』を作るのならば、原画のまわりの余白部分にトリムマーク (俗に “トンボ” と呼ばれるもの。多色の版のズレのチェックや印刷後の断裁のために必要) を入れなければなりません。
そういうわけで、原画の寸法よりひとまわり大きな紙が必要になるわけです。
このような…原稿作成をするプロの人達に、JIS規格に断裁されたケント紙なんかを納品しちゃったら…『てめぇ、余白ねえじゃねぇか!』って怒鳴られ、以後出入り禁止にされちゃいますわ。
プロのみなさんが求めるケント紙は、『四六判』か『四六判の2切 (にさい) 』か『四六判の4切 (よんさい) 』の大きさなのです。
あくまでも “素材” ですので…。
また、その原稿から版をおこして印刷する際にも、“印刷用紙” は仕上がりサイズよりも大きいものを使います。
印刷用紙も製品になる前の “素材” ですからね。
印刷工場の印刷機ってご覧になったことありますか?
いわゆるコピー機やプリンターのことじゃないですよ。
印刷工場の印刷機には、小振りなものもありますが、メインの仕事をしてくれる『オフセット輪転機』は…バス1台分くらいの大きさなんです。
その機械に入れる印刷用紙は、四六判かB本判…。
つまり、B1規格サイズよりひとまわり大きい紙を使います。
コピー機やプリンターには、JIS規格の用紙を入れますよね? そしてその大きさのまま刷り上がります。
印刷工場の印刷機はコピーやプリンターとは違い、刷り上がった後に紙を揃えて…トリムマークを頼りに “断裁” するんです。
つまり、“切って規格サイズに仕上げる” んです。
切って仕上げるんだから、印刷する前の “素材” である印刷用紙は…仕上がり寸法より大きくないとダメですよね?
例えば、本を作る時などは1枚の大きな紙に16ページ分をまとめて印刷しちゃいます (この、ページを配置する作業を “面付け” といいます。32ページの場合もあります) 。
両面に刷られた紙を、半分に折り、90°回して半分に折り、また90°回して半分に折って、3辺を断ち落とせば16ページ分の薄い冊子が出来ますよね。これをいくつも束ねれば本が作れます。
(実際には、製本をしてから断裁作業をします。ちなみに、文庫本は…出版社によっては現在も昔ながらの “2辺断ち落とし” の製法なので…上の辺が不揃いなものが見られます)
仕上がり寸法をJIS規格に合わせるなら、断ち落として小さくなる分を見越して…規格より大きな紙を用意しなければなりませんよね?
そういうわけで、印刷工場が仕入れる印刷用紙はすべて、“大きな紙” なのです。
そのほとんどが『四六判』なのです。
実はこの “四六判” も、JIS規格で決められているんですよ。
『仕上がり寸法』とは別な項目で、『原紙寸法』という項目に書いてあります。
『四六判』
『B本判』
『菊判』(636 × 939)
『A本判』(625 × 880)
『ハトロン判』(900 × 1200)
の5種類が、原紙寸法としてJISで定められています。
でも、みんなが知ってるA列やB列の “製品” が出来上がる前の段階に、規格より大きな『原紙寸法』の “素材” が必要である…ってことはご理解ください。
ひとまわり大きな紙がないと、規格の製品は作れません!
印刷工場を経由して “製品” として世の中に出ていく印刷物とは違って、授業で使うケント紙や画用紙は…印刷する工程も周りを断ち落とす工程も無いので、
“原紙寸法のまま” …紙問屋→画材問屋→画材屋と、流通して来ます。
そして…2切や4切や8切という単純な断裁工程は紙問屋さんでやってくれますが、こちらから特別に注文を出さない限り…JISの仕上がり規格には断裁してくれないのです。
(JISの仕上がり規格に断裁すると、素材ではなく、製品になるため、値段が高くなります→詳しくは次回以降)
こういうわけで…ケント紙や画用紙は、多くの人が知っているA列とかB列といった “仕上がり寸法” ではなく、“原紙寸法” と… “2切や4切や8切という単純な断裁寸法” で、流通しているのです。
“素材” ですから…。
『製品として流通している紙』…つまり A3とかB3とかしか見たことがない “普通のヒト達” は、それらの製品になる前の素材の状態の紙が…『仕上がり寸法』よりも大きく作られてるなんて、知るよしも無いんでしょうね。
しつこいですが美術の紙は素材!
素材である画用紙やケント紙が、A列やB列とは違う “原紙寸法” で出来ているっていうことをイマイチ理解出来てなかったり、逆に画用紙やケント紙にA3やB3のサイズが… “既製品とかで当たり前に存在するはず” って思ってらっしゃるんじゃないですか?
だって、素材なんですから!
素材だったら、原紙寸法なのが当然ですから!
家電量販店やホームセンターに『A3』『B4』『A4』『B5』のコピー用紙が大量に積んであるようなイメージで画用紙のことを考えてやしませんか?
確かに『色上質紙A4パック』とかは画材屋にも置いてあったりしますよ、“製品” として。
どうせなら面積が大きい方がいいんだし、わざわざ仕上がり規格に合わせて切り縮めちゃう…なんて、意味わかりませんよ。
世の中的にはごく稀な存在
美術の教員、美術の授業に参加している生徒さん、そして我々…教材を納品する画材屋は、世の中全体から見たら珍しい… “紙を原紙のまま扱う人達” なのです。
(あと、文房具屋で売ってる “模造紙” も…そうですね)
製紙工場、紙問屋、印刷工場の人くらいしか触らない、仕上がり寸法に加工する前の “原紙” を、普通に使用している人達なんです。
原紙寸法のままで流通しているという…世の中的にはごく稀な存在であるため、ポスターフレームに “画用紙サイズ” の寸法がなかなか存在しなかった…という現実も、ようやくご納得いただけたことでしょう。
現在は『画用紙四つ切用』や『画用紙八つ切用』のポスターフレームは、一応…存在します。
【第4回終わり】
ぶっちゃけ、『製品』じゃない…ってことです。